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硫黄島からの手紙、観ました

『硫黄島からの手紙』を観ました。

日本の敗色が明らかになった昭和20年2月、硫黄島に圧倒的な戦力のアメリカ軍が来襲。百隻以上の戦闘艦艇、数百機の戦闘機、7万の海兵隊……世界最強のアメリカ軍と戦うのはわずか2万の歩兵達。

今では高い評価をされている栗林中将(その後大将)は今までの定石であった水際での防衛をやめ、敵を内陸まで引きつけて迎撃する事にします。突撃は禁止、大規模な迎撃や撤退も禁止という持久戦術です。
無論これは最初から全滅する事を覚悟しての戦術です。勝ち目はないのだから少しでも時間を稼ぎ、敵に出血を強いようとする栗林の作戦でした。逆に言えば兵士達にとっては生きる望みを絶たれたことにもなります。

映画では西郷という若い兵士の視点で物語が展開します。比較にもならない戦力のアメリカ軍が海と空から押し寄せ、食料も弾薬も尽き、無惨に殺されていく日本軍のなかで彼は幸運にも生き残っていきます。しかし友も上官も次々に死んでいき、状況はますます絶望的になっていき……。

映画としての出来はかなり良かったと思います。あくまでも日本軍からの視点という事で撮影しており、アメリカが作ったとは思えないほど「日本映画」でした。

空襲や機関銃射撃の中を突破する時などの迫力、怖さは相当なものでした。今の眼で昔の戦闘機を見ればさほどの迫力はありませんが、実戦ではああ見えるのでしょう。実際、従軍していた方の手記では「日本軍の機銃はトントントン、だがアメリカ軍のそれはザアザアとまるで雨のようだ」という事です。なにしろ戦闘機の数があまりにも多く、昼間でもまるで夜のように日が陰ったというのですから。

史実では2万あまりの日本軍のうち、生き残ったのは千人ほど。栗林中将も馬術の金メダリスト・西竹一も、同じく水泳で銀メダルを取った河石達吾も戦死しました。

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